無名のスポーツ選手が成功経営者になった3つの実例|共通する勝者の思考法
山川力優
「無名の選手がビジネスで成功できるわけがない」——そう思っていないだろうか。しかし実際に調べると、逆説的な事実が浮かび上がる。スポーツ界での「無名」こそが、経営者として成功する強烈なエンジンになっている。スター選手には経験できない「屈辱」「戦力外」「ゼロからの再出発」——それらをくぐり抜けた者だけが手に入れる思考法が、ビジネスの世界でも機能していた。
無名アスリート→成功経営者、3つの実例
事例①:J1出場2試合 → 年商800億円上場企業社長
「戦力外」が最大のターニングポイントになった
1982年生まれの嵜本晋輔は、高校1年時からガンバ大阪のスカウトの目に留まった実力者だ。しかし2001年に憧れのJ1の世界に入ると、遠藤保仁・二川孝広ら錚々たる実力者に阻まれ、J1での公式戦出場は3年間でわずか2試合。2003年秋、21歳で無情の戦力外通告を受けた。
トライアウトを経てJFL(当時3部相当)の佐川急便大阪SCへ移籍。だが翌2004年のシーズン末、22歳で静かに現役を引退した。多くの選手がそこで「元選手」として漂流し始める。嵜本は違った。
「何かをつかもうと思うなら、何かを手放さないと、次の世界での成功はない」
— 嵜本晋輔(バリュエンスホールディングス代表取締役社長)
「ブランド品×リユース」に確信したビジネスモデル
引退後は父が経営するリサイクルショップで修業を開始。当初は洗濯機や冷蔵庫など重くて低単価な商品が中心だったが、「サイズが小さく、単価の高い商品にフォーカスすべき」という仮説を立て、2007年、大阪・難波の15坪の小さな店舗でブランド品買取専門店「なんぼや」を開業。
当時のリユース業界は「質屋が牛耳る旧態依然とした世界」。後発参入でありながら、「業界の常識を変える」という姿勢で顧客ファーストを徹底したことが急成長の原動力になった。2011年に株式会社SOU(現・バリュエンスホールディングス)を設立し、2018年に東証マザーズ上場を達成。元Jリーガーとして史上初の上場企業社長となった。
事例②:1軍登板ゼロ → 日本初の元プロ野球出身公認会計士・起業家
「阪神の看板がなくなったら、自分は無力だった」
1979年生まれ、岐阜県出身の奥村武博は、高校(岐阜県立土岐商業)時代にエースナンバーを背負い、1997年のNPBドラフトで阪神タイガースから6位指名を受けた。しかしプロ入り1年目に肘を手術、2年目はリハビリ、3年目は肋骨骨折、4年目は肩を故障。4年間で1軍出場ゼロのまま、22歳の秋に戦力外通告を言い渡された。
打撃投手も1年で終了。飲食業(バー、ホテル調理場)でアルバイトをする日々の中で、「光熱費の概念すらなかった自分が、いかに社会を知らなかったか」を痛感した。
「プロの合格率10%——でも甲子園に行く確率より高い。数字の捉え方次第で、不可能が可能になる」
— 奥村武博(公認会計士・スポカチ創業者)
「野球も会計士も中途半端にしたくない」——9回目の挑戦で合格
妻から渡された資格ガイドブックで公認会計士を知り、高校時代に野球部の遠征資格として取得した「日商簿記2級」を活かして挑戦を決意。「プロ野球選手になることの倍率より低い」という逆張りの発想で試験に臨み、働きながら9年をかけて2013年(34歳)に合格。元プロ野球選手として日本史上初の公認会計士となった。
その後、2019年にはアスリートのキャリア支援を手がける株式会社スポカチを設立。「スポーツと社会貢献をつなぐ」新事業を展開しながら、一般社団法人アスリートデュアルキャリア推進機構の代表理事としても選手のセカンドキャリアを支援し続けている。
事例③:高校サッカー止まり → ビズリーチ創業・上場
プロにもなれなかった「スポーツ少年」が、なぜ日本を代表する起業家になれたか
1976年生まれの南壮一郎は、子ども時代をカナダで過ごし、高校でサッカーに全力を注いだがプロへの道は開かれなかった。静岡県西部地区選抜止まりの「普通の高校サッカー選手」だ。大学後は外資系投資銀行に就職するが、スポーツへの情熱を諦められず1年半のフットサル場管理人を経て、楽天イーグルスの創業に参画した。
2007年、楽天を退社して世界旅行へ。転職活動でヘッドハンターの意見が食い違う現実を目の当たりにし、「求職者と企業のミスマッチ」という社会課題を発見。2009年、仲間7名と株式会社ビズリーチを設立し、管理職・グローバル人材に特化した会員制転職サイトを開設した。
「仕事で涙が出る瞬間を味わいたい——スポーツで泣いたあの感覚を、もう一度ビジネスで」
— 南壮一郎(ビジョナル代表取締役社長)
「チームで勝つ」という発想が企業文化を作った
創業当初は「草ベンチャー」と揶揄されたビズリーチも、サッカーで鍛えた「チームの力を最大化する」「仲間を信じて任せる」というマインドで組織を拡張。HR事業・事業承継M&Aプラットフォーム・クラウドアプリなど次々と新規事業を創出し、2021年には東証プライムに上場。2014年には世界経済フォーラムの「ヤング・グローバルリーダーズ」にも選出された。
3人のキャリアを並べると、見えてくるもの
| 名前 | 競技 | 選手時代の最高峰 | 引退時の年齢 | ビジネス上の成果 |
|---|---|---|---|---|
| 嵜本晋輔 | サッカー(J1) | J1出場2試合(戦力外) | 22歳 | 年商800億円上場企業社長(元Jリーガー初) |
| 奥村武博 | 野球(NPB) | 1軍出場ゼロ(戦力外) | 22歳 | 日本初の元プロ野球出身公認会計士・起業家 |
| 南壮一郎 | サッカー(高校) | 県西部選抜止まり | 高校卒業後 | ビズリーチ創業・上場・WEF選出 |
3人に共通する「勝者の思考法」3原則
原則①:「撤退」を「前向きな転換」と定義する
3人とも、スポーツからの引退・戦力外通告を「失敗」として引きずらなかった。嵜本は「前向きな撤退」、奥村は「怪我の功名」、南は「次の戦場を探した」と再定義した。どれほどの打撃を受けても、素早くフレームを転換する能力がある。これはスポーツが育てる「試合が終わったら次の試合に切り替える思考」そのものだ。
原則②:「ゴールから逆算」して行動を設計する
アスリートは本能的に「試合当日から逆算してコンディションを整える」。奥村は「公認会計士試験の時間配分から逆算して勉強法を変えた瞬間に合格した」と述懐している。嵜本は「業界に上場企業がないなら、自分がなればいい」と逆算してビジネス戦略を組み立てた。ゴールを先に決め、そこへの逆算を習慣にしているのだ。
原則③:「無名」の悔しさをエネルギーに変換する
スター選手にはない「もっとやれたはずだ」という燃え残りの感情が、ビジネスの世界で誰よりも長く努力し続けるエネルギーに変わる。南は「仕事で泣ける瞬間をもう一度味わいたい」という衝動で起業した。嵜本は「ビジネスでガンバ大阪に恩返ししてやる」という反骨心を持ち続けた。「無名」という体験は、誰にもコピーできないオリジナルの推進力になる。
無名だったから強かった——まとめ
本田圭佑や北島康介ら「有名選手が起業する話」はよく聞く。しかし本当に注目すべきは、スポーツ界では名前が知られていなかった人たちが、ビジネスの世界で大きな成功を収めているという事実だ。
「戦力外=人生の終わり」ではない。むしろそれは、もっと大きな舞台への「スタートラインに立つ権利」を得た瞬間かもしれない。スポーツで鍛えた思考——逆算、切り替え、チームへの貢献、目標設定——はすべてビジネスでも通用する「普遍的なスキル」だ。
あなたが「無名の選手」であれ、「現役を引退したばかり」であれ、今この瞬間があなたのターニングポイントになり得る。
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この記事を書いた人

山川力優
AthleteConnect Spot 創設者。プロアスリートとして活動した経験を持ち、スポーツ選手のセカンドキャリアとビジネスマッチングの可能性を追求している。「スポーツの価値を、もっと社会に届けたい」という想いで日々発信中。